木慈には戦前、黒糖小屋が二ヶ所ありましたね。ヤギや豚を飼い、サツマイモを植えていました。武名と木慈の間は「デク」と呼んでいて田んぼでした。武名の集落には、かつお船「宝永丸」があり、かつお節の製造工場もありました。山の上には立派な畑があり、キビを作っていましたね。サタ小屋もありました。
ミナクチ(ノロの水口祭)では子供たちが、母が作ったご馳走を食べ、綱引きをしました。
当時からすると、道路もよくなり、診療所もできて便利になりましたので、(町に対し)特に望むようなことはありません。
伝統行事
木慈、武名ともアラセツ(旧暦八月の初ひのえの日)前後の日曜日に公民館分館で豊年祭・敬老会がある。
メモ
木慈は人口十三人(六世帯)、武名は六人、五世帯。区長は両集落をカバーする。アシャゲもトネヤも残る。木慈は小田区長一家による畜産(肉用牛)が盛ん。約四十頭を飼育する。