戦後の主な産業はキビと稲作、サワラ突き漁もありましたね。今はキビやソテツなどを作っています。瀬戸内町は医療、福祉関係は関係者の努力により充実してきたと思います。後は観光や農業、特に農業は他の地域に比べ低いように思います。各集落を見ると、遊休地があり、遊休地の多い集落ほど活気がないように見えます。農業に力を入れ、活気あふれた瀬戸内町になれば、やがて観光にも活気が出てくると思います。
伝統行事
豊年祭は約二十年前に途絶えた。現在は、各家々で三月三日など昔から続く行事を行っている。メモ太平洋に面した伊須湾の入り口にあるため、古くから内外の船舶が出入りした。薩摩藩時代は砂糖を積み込む大型の船が入港する「居船場」だった。「大島代官記」にはオランダ船が漂着(一七七一年六月)乗組員が上陸した記録がある。同時期、ハンガリー人でロシアと戦って捕虜となったベニョフスキーも伊須に入っている(「ベニョフスキー航海記」、平凡社)。期日が一致しているため、前者は後者のことではないか、との見方もある。