久慈

 久慈は旧西方村の役場がありましたので、旅館があって、郵便局も充実していました。集落の常会などでは「ブランドとまではいかなくても、自分たちで何か生産しよう。昔から食べている無農薬の食材とかを作って自分たちで生活できるといいね」と話ています。

伝統行事

 旧暦八月初ひのえ、ひのとの日に集落の公民館前で豊年祭・敬老会がある。豊年祭の前日、永井喜久男さん(七三)が集落東の山にある高千穂神社に出向き、お神酒を上げ、豊年祭で使う塩、酒を供える。当日は午前三時に起き、身を清めた上で同五時ごろ再び神社に向かい、前日備えた塩、酒を取り、土俵に向かう。神社の行帰りはだれとも口を利いてはいけないとされる。
 土俵では塩祓いをし、磁石で東西南北を確認。さらに当日の干支を見た上で風の方位、ふりだしの門口を決める。一連の儀式は「風見」と呼ばれる。このほか、旧暦九月九日は神社際。各家々では正月行事や山の神祭(旧暦一月十六日)、三月三日の潮干狩り、七夕、アラセツ、シバサシなどが受け継がれている。メモ半農半漁のシマ。「戦後しばらくはキビ、稲作、パルプなどが盛んで黒糖工場は三ヶ所、大島紬の工場も二カ所ありました」と永井さん。現在は久慈湾を利用して魚類養殖が行われている。

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