篠川

 瀬戸内町は町村合併しないで独立独歩を選択しましたが、「何とかなるだろう」という気持ちではなく、一人ひとりが自覚し、工夫していかなければ発展しないと思う。戦後の厳しい生活を体験しているので、子供たちに我慢とか辛抱とかを教え、ユイの心も大事にしていきたい。大島海峡を観光に活かせばと願うものです。

伝統行事

 旧暦八月のシバサシの日に豊年祭がある。一月三日には隣接する阿室釜集落と合同で年の祝いがあり、七十三歳、八十五歳、九十歳のお年寄りを祝福。旧暦五月五日には小字摺勝で親睦宴会。旧盆送りの七月十五日の晩は盆踊りがある。

メ モ

 戦前か林業の盛んな集落。木炭や枕木を出荷し、各家庭では木材搬出用の牛を飼っていた。昭和35年頃まで製材所が四つあり、稲作やキビも生産していた。篠川の大島高等小西校・篠川農学校からは奄美初の医学者・野村虎長やロシア文学者・昇曙夢らが出た。集落北部の山のふもとには芝家の墓二十三基がある

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