渡連(どれん)

 若者定着のためにも観光に力を入れて区長 籾 清昭戦前は小学校があり、にぎわっていましたね。サトウキビや稲作が盛んで、戦後もしばらくは続いていました。30年余り観光をやっているが、観光客は少しづつ増えています。客層も若い人から家族連れ、高齢者と幅広い。今の若い人は苦労する仕事には就かないので、若者を定着させるためにも観光に力を入れるべきだと思う。

年中行事

  旧暦8月15日の豊年祭・敬老会。メ モ  集落の入り口には中世、琉球軍の諸鈍征伐の副将だったとされる磨文主(まぶんしゅう)の一族の墓がある。薩摩藩支配時代の1733年、代官の汚職を直訴した文仁演(ぶんにえん)は渡連方の与人。事件は代官の遠島、島役人の免職など喜界や徳之島も巻き込む騒動に発展した。シマ全体が文化財といわれる集落。近くの待網崎には旧海軍の高角砲台跡など戦跡があり、農村公園化されている。

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