終戦時は300世帯あった集落で黒糖工場が三カ所にありましたね。うち、二カ所は(動力に)水車を使っていました。キビや稲、落花生、サツマイモなどの農作物のほか、漁業(一本釣り)もやっていた。町制施行から50年。月日は自然に過ぎ去りますが、現実を見ますと町の財政が心配ですね。
伝統行事
旧暦8月15日前後の日曜日に土俵の周りで行われる十五夜豊年祭は圧巻。前々日からシバを刈り集めてきて、土俵をコの字型に囲むようにして足場を組み、シバヤが建てられる。本番では青年団による相撲の振り出し、東西に別れて「テンテン、ナーシチュルクテンテン」と歌いながら競う「テンテン」(花飾り)などが披露される。旧暦9月9日は集落西側の小高い丘に建つアキバグンギン(秋葉権現、火の神)と小学校の裏山に建つ朱塗りの厳島神社で祭りがある。各家々ではアラセチ(アラセツ)の祭りも続く。
メ モ
集落はサト、シンムラ、カネクからなる。カネクの中にはアゲタと呼ばれるかつての田園地帯がある。赤井次郎氏(元大阪府消防局長)や伊藤儀尚氏(元名瀬市長)らを輩出、集落には赤井氏の胸像が建つ。立神に沈む夕日の美しさでも知られる。