請阿室

 昔から農業の盛んなところでキビや米、ニンニク、豚、ナリ(ソテツの実)、野菜、それからユイワク(助け合いの共同作業)でイモを作っていましたね。終戦後は、古仁屋や名瀬から来て着物などと(食料を)交換する人もいるほど食料基地として知られていました。黒糖工場は三ヶ所にあって「砂糖千斤(600キロ)作れば、(家計は)1年持つ」といわれ、現金は税金以外でないシマでした。町の発展は、何といっても人口が増えることですね。人口を増やすには産業を興し、若者を定着させることです。「住みよい地域」というのはそういう所を言うものです。

伝統行事

 アラセチの前の晩に「ウバンブレ」(ご飯もらい)がある。中学生までの子供たちが各家々を回って唄や踊りを披露、活動資金をもらう。昭和30年代まではウバン(おにぎり)を2個ずつもらっていた。旧暦5月5日前後の日曜日には舟こぎ大会があり、古仁屋などから出身者が参加する。旧暦盆の送りはコスガナシ(シーローガナシ・先祖の霊)を送った後、集落の公民館で八月踊り。旧暦8月15日前後の日曜日は十五夜祭(豊年祭)・敬老会。旧暦9月9日は消防器具の点検と消防訓練、同9月16日は招魂祭がある。アラセチ、シバサシなども各家庭で簡素に受け継がれている。

メモ

 「農業のシマ」の伝統は今も受け継がれ、ニンニクやソテツなどの栽培が盛ん。1987年(昭和62年)には「農業経営の改善」で農林大臣表彰を受けた。「古仁屋から町営船で約1時間。きれいな海、あざやかなサンゴ礁は格別です。碁盤の目のような直線舗装道路の走る集落を歩いていくと青いじゅうたんを敷いたようなニンニク畑が一面に茂る、請阿室集落はそういう所です。

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