昔はキビと稲作が中心でした。製糖工場も二ヶ所ありましたね。人口は大正7、8年の多いときで700人ほどいたようです。昭和24、5年ころに450人ほどになり、人々は海岸のアダン林を切り開いて掘っ立て小屋を作って住んでいました。私は昭和50年にUターンしましたが、そのころ「黒ヤギ」を見たという話がありましたが、イノシシのことでした。今は民家まで降りてきますね。 現在の産業はソテツや肉用牛など。島はすばらしい自然が残っていますが、ゴミ捨て場がなく、有害ごみなどが自然の中に捨てられています。表だけでなく、裏庭もきれいにし、だれもが安心して楽しく生活のできる活力に満ちた町になってほしいですね。
伝統行事
旧暦8月15日前後の日曜日に豊年祭・敬老会があり、古仁屋からの出身者などでにぎわう。旧暦9月14日には招魂祭がある。1月2日は新春ゲートボール大会。
メモ
固有種ウケユリとケジママルバネクワガタの生息地。ウケユリは5月ごろ請島の最高峰ウーヤマ(大山)の崖に咲く。同集落のボランティアグループ「実会」が乱獲防止など保存に取り組んでいる。ノロの関係者も三人健在。池地の浜には1947年(昭和22年)4月14日、クジラ180頭が打ち寄せたと南海日日新聞が報じている。