与路(よろ)

 昔はキビ、米、養豚が盛んでした。特に養豚は昭和二十七年から三十年ごろまでは盛んでしたね。今は畜産やナリ(ソテツの実)です。台風、干ばつにも強く、この島に合っています。十四、五年前まで与路は百戸を切ることはないと思っていましたが、その後、年に五、六戸の割合で減り、十年足らずで三十戸減りました。何とか人口が増えることを願っています。与路に赴任される学校の先生も家族で来てほしいですね。これまで荒れた日に急患などが出た場合、船が接岸できず困っていましたが、高原地区に裏港を整備する計画があり、完成すればこうした事態も改善されると期待しています。

伝統行事

 旧暦八月十五日に近い日曜日に豊年祭・敬老会。古仁屋、名瀬などから出身者が駆けつける。四月末から始まる大型連休には、戦前から続く青年団主催の舟こぎ大会がある。メモサンゴの石垣が残り、シマの原風景をとどめる島。集落内をあるくだけで、心が落ち着く。元大工でもある保島区長は「ブロック塀は三十年でひび割れができたり、鉄筋がさびれて崩れてくるが、サンゴの石垣は百~二百年持つ。また、”木の二㍍より石垣の1㍍”という。木は台風の際、強風に吹かれて1㍍低くなるからだ。住民も石垣の良さを理解し、大事に残していこうという方向にあります」と話す。

 

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