
かつお漁のシマです。西古見の朝虎松が奄美で初めてかつお漁に成功したら、すぐここでも初めて、大正から昭和2年まで二つの生産組合がありました。かつお節の製造工場は昭和34、5年まであり、その後古仁屋に移りましたね。終戦後は小型製糖工場も6軒あり、糖業組合をつくっていた。米も自給自足。紬織りや養蚕も盛んでしたよ。 道路などインフラ整備を進めて、楽しく、笑って生活できる、お年寄りの天国・楽園のような町になってほしいですね。
伝統行事
アラスチの日(旧暦八月最初のひのえの日)に豊年祭、その前日の日には「炉祭り」がある。5月の連休にはハマオリ、旧暦六月二十二日には秋葉神社祭がそれぞれある。炉祭りはテラヤマ(カミヤマ)のふもとの広場であり、小石を三個持ち寄ってかまどを作って拝み、その後八月踊りをする。
メ モ
産業と人材のシマ。ロシア文学者の昇曙夢や米軍政後初の大島支庁長を務めた豊島至、奄美の産業振興に貢献した豊島栄など多くの逸材を輩出した。伝統のかつお漁は現在も続く。