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平成14年7月号
地域イントラネット完成 西阿室小が環境大臣表彰 古仁屋大火直後の航空写真などを寄贈 営農支援センターで修了式と入所式 ふるさとの自然(手安の老松) ふるさとの文化財(瀬戸内町の地名10) オニヒトデ異常発生 ![]() サンゴを補食するオニヒトデが一昨年から奄美大島南部で異常発生しています。オニヒトデは通常夜行性で日中はサンゴの裏に隠れているのですが、異常発生している現在は先客に居場所を奪われた個体が、昼間からサンゴの表面だけでなく岩にもところ狭しとへばりついています。オニヒトデに補食されたサンゴは白化し、その後黒い藻が張り付いて一面がれきのような状態になっていきます。太陽を受け色とりどりに輝いていた景色とは一変した海中へと変わっていきます。オニヒトデはサンゴを補食し漁場を荒らすことは言うに及ばず、毒を持つ棘に刺されると激しい痛みと腫れを生じます。グロテスクな外見、生ゴミが腐ったようなにおいも強烈です。もちろん食用にすることは出来ず、中途半端に切断しても再生するというからたちの悪い生き物です。 ●観光資源 サンゴは通常10年で再生すると言われています。しかし、今回のように3年連続でオニヒトデが異常発生すると、かろうじて被害を免れたサンゴも食いつぶされ、再生の芽を失いかねない危険な状態にあります。瀬戸内町のサンゴは、漁業のみならず観光業者にとっても貴重な資源です。密集して庭園のような景観を呈しているサンゴ群、その周りに群生する色とりどりの熱帯魚。種類、数とも豊富で、国内でも有数のダイビングスポットとして人気があります。オニヒトデの被害は本町だけでなく、喜界島や徳之島など群島各地に広がっています。白化現象も加わって奄美のサンゴは危機的状況にあります。 ●駆除事業 奄美群島海中公園海中資源協議会は奄美五海中公園(摺子崎、笠利半島、瀬戸内、亀徳、与論)でサンゴ礁に被害を与えるオニヒトデとシロレイシガイダマシ類の駆除を県の補助事業により毎年実施していて、13年度はオニヒトデが前年の2.2倍に当たる2万5328匹、シロレイシガイダマシ類は三海中公園で合わせて28.3キロを駆除しました。オニヒトデ駆除のうち、瀬戸内海中公園で2万2031匹を駆除し、全体の87パーセントを占めました。また、本町は同事業のほか、町単独やボランティアなどを含めると7万5675匹を駆除しました。本年度の駆除事業は5月7日から3隻が参加し28日間行われました。加計呂麻島の西側の海中公園地域を中心に駆除が行われ、1隻当たり15、16日作業に従事し、7000匹前後を捕獲して、全体では昨年より36匹多い2万2067匹を駆除しました。しかし、捕獲した海域でもまだオニヒトデが多数生息し、生きたサンゴに群がっている状態にあります。また、昨年水深5メートル以上で駆除した実久地区では浅い海域の枝サンゴに移動して集中しています。 ●町外からの取り組み ▽奄美大島観光物産協会主催のオニヒトデ駆除作戦が6月5日、与路島東側と加計呂麻島西部などで行われ、同日だけで1400匹を捕獲しました。 同協会はサンゴが奄美の財産であり、瀬戸内町だけの問題ではないとして、瀬戸内町海を守る会や瀬戸内町役場などから情報を収集して駆除の準備を進めてきました。駆除作戦には町内外のダイビングやシーカヤックの業者など合わせて約50人が参加し、7隻の船に分乗して与路島の東側や、ダイビングスポットとして知られる須子茂離近くの「奄美ホール」周辺などで午前、午後の2回潜って捕獲しました。 ▽危機感を訴える西古見集落住民の声に応えて、名瀬西古見郷友会が主催し、町海洋開発課、名瀬市役所瀬戸内会、奄美大島観光物産協会が協力して西古見集落前のオニヒトデを駆除しました。漁船やボート七隻にダイバー8人が乗り込み、集落前のサンゴ群捕獲をはじめ、首や腰まで水につかったダイバーが手かぎやもりでサンゴに付着したオニヒトデをひとつひとつ捕獲し、3時間ほどで約1200匹を駆除しました。
![]() 町立西阿室小学校はこのほど、環境省が主催する2002年度の地域環境美化功労者に選ばれ、長年に亘る地域ぐるみの美化活動がみとめられ環境大臣表彰を受けました。鹿児島県環境政策課によると、全国の受賞者は環境保全功労者が37件(23人、14団体)、地域環境美化功労者が41件(14人、27団体)で、県内では西阿室小と鹿児島社会福祉協議会事務局次長の福永さんの2件が対象となりました。西阿室小は、毎朝始業前に行う「ほうき目運動」や毎月第一火曜日の親子海岸清掃、高齢者団体や婦人会などとともに道路や学校、公民館の清掃活動、花壇づくり、花の苗の配布などに取り組んできました。小規模校ながらも、その良さを生かし、住民一人ひとりが美化意識を持って励んできた成果が、今回の受賞となりました。 岡山市の毛利巌さん被災世帯1375戸、5311人が焼け出され、本町の歴史的一大事件として知られている昭和33年12月27日夜の古仁屋大火。その翌年早々に救援物資を空輸した岡山市の毛利巌さんがこのほど本町を訪れ、焦土と化した古仁屋市街地の航空写真や、救援物資を落下するときに使うパラシュウートなどを寄贈されました。毛利さんは、当時岡山県津山市の民間航空輸送会社に所属するパイロットで、岡山市の篤志家が提供した餅二千個や毛布などの救援物資をセスナ機に載せて、1月8日に陸軍の演習地だった日本原を出発しました。鹿児島の鴨池飛行場を経由して古仁屋上空に着いたのは1月11日の朝10時頃。山おろしの突風に見舞われるアクシデントで、餅は地上に落下させましたが、毛布とメッセイジを入れた包みは強風に押されて海上に落ち、モーターボートで回収されたとのことです。毛利さんは、元海軍の水上偵察機のパイロットであったことから、大火後の様子を大型の海軍20式カメラで上空から古仁屋市街地などを撮影していました。今年五月に、仕事で奄美に来ている息子の浩さんと江美子夫人がその後の本町の様子見に来庁された際、義永町長が「何とかお父さんに会いたい」と伝えたことから今回の来町になりました。毛利さんから寄贈していただいたものは、古仁屋市街地の航空写真、手記、予備に積んでいたパラシュート、川井町長からのお礼の電報などです。町としては、この貴重な資料を郷土館に展示するなどいろいろな活用を考えています。 ![]() 町営農支援センターの修了式と入所式が、6月19日同センターであり、一年間の研修を終えた修了生2人を送り出し、新に研修生2人を迎えました。今年の修了生は、池田フミエさんと大和田達也さんの二人で、池田さんは請阿室から通いながらキクの栽培技術を、Iターンで奄美の大地に夢をかける大和田さんはパッションフルーツの栽培技術を中心に一年間研修を受けてきて、それぞれ花き、果樹農業を営んでいきます。今年度の研修生は、久慈の昌谷由美さんと古仁屋の武田裕樹さんで、二人とも他業種からの新規参入で農業に新しい人生をかけます。研修生を代表してあいさつした武田さんは「町内には荒地が多く何とかしたかった。小さいころ祖父母が農作業をしているのを見て、いつかは農業をやりたかった。素人だが、一生懸命頑張りたい」と強い決意を述べていました。 手安の老松 奄美地方は、6月30日に梅雨明けしたと見られると発表がありました。平年より2日、昨年より7日遅い梅雨明けとなりましたが、平年より降水量の少ない梅雨でした。これから太平洋高気圧に覆われ、青空と強い陽射し、30度を超える気温、海が恋しくなる夏のスタートです。ジメジメとした空気が爽やかな風へと変わるのを感じながら、手安集落の老松を見に出かけました。久根津集落へと向かう県道の登り口横から船揚場を通り、目の前に広がる薄緑色の湾を見ながら、松がつくる影の中を進んでいくと、墓地の中に樹高約20メートル、根回り4メートルの老松があります。樹齢はちょっとさだかでありませんが、枝が地につくようになると何百年という説からして、数100年は下らないと思われます。老松の下に立って松を見上げると、青空の中にその太い年代物の腕がくっきりと浮かび上がり、絵の中のような独特の雰囲気を醸し出しています。 瀬戸内町の地名10 ![]() ○所在する位置による地名A ・池地(イキヂ)「請島の地」という意味で、本来は「ウキヂ」と呼ばれるべきものがいつの間にか「ウキ」が「イキ」に転訛して「イキヂ」となり、字音にしたがって「イケヂ」となったものだろうと考えられます。 ・嘉徳(カドウ・カドホ)カは語音を整え意味を強める接頭語ですが、接尾詞の場合は場所を意味します。「ドウ」は度連の場合と同じで大海を意味します。住用村市崎と真崎とのやや南よりの中間に位置していますので「太平洋に面している」という意味になります | ||||||||||||